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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (08)





『マキアヴェッリ語録』 (08)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 次のことは明言しておきたい。

 すなわち、危険というものは、それがいまだ芽であるうちに

 正確に実体を把握[はあく]することは、言うはやさしいが、

 行うとなると大変にむずかしいということである。

 それゆえはじめのうちは、あわてて対策に走るよりもじっくり

 と時間かせぎをするほうをすすめたい。

 なぜなら、時間かせぎをしているうちに、もしかしたら自然に

 消滅するかもしれないし、でなければ少なくとも、危険の増大

 をずっと後に引きのばすことは、可能かもしれないからである。

 いずれの場合でも、君主ははっきり眼[め]を見開いている

 必要がある。

 情勢分析を誤ってはならないし、対策の選択を誤ることも

 許されないし、対策実施のときも誤ってはならないのだ。

 植木に水をやりすぎて枯らしてしまうようなことは、あってはなら

 ないのである。

 しかし、こちら側の準備が万端と思うやいなや、迷うことなく

 断固として反撃に打って出るべきである。

 反対に、その自信がないときは、まだしばらくは事の成行きに

 まかせるほうが良策と思う。


                    ―― 『政略論』 ――

                              (PP.104-105)

         (022-1-0-000-499)
 



 


 君主たる者、もしも偉大なことを為したいと思うならば、

 人をたぶらかす技[わざ]、つまり権謀術数を習得する必要が

 ある。


 ローマもまた、他にライヴァルがいないほどに強大になるまで

 は、情況の変化に合わせて、または自らすすんで、有効と

 思われるかぎりのあらゆる術策を活用したものであった。

  
                    ―― 『政略論』 ――

                              (P.106)

          (023-1-0-000-500)
 






 ローマは、建国の当初とていまだ弱体な国家であった時代

 から、権謀術数の必要を知っていた。

 まして小さく弱い現状から少しでも上昇しようと思う者に

 とっては、このことは必要欠くべからざる配慮と思う。

 ただ、その活用に際しては、ローマ人がしたように、

 可能なかぎり水面下でなされるべきであろう。

 そうすれば、ローマ人が成功したように、このような汚い

 ことをやったあげくに浴びる非難から、まぬがれることが

 できるからである。


                    ―― 『政略論』 ――

                              (P.107)
                              
          (024-1-0-000-501)
 








ポイント

権謀術数を修得する必要がある、ということです。


ここで、権謀術数とは何かについて、確認しておきましょう。


 権謀術数(けんぼうじゅっすう)とは、主に社会や組織などの

 集団において物事を利己的な方向へ導き、自身の地位や

 評価を高めるために取られる手段や技法、およびそれが

 用いられるさまを表す総称。
 

  (権謀術数 Wikipedia から)


何か、汚い、悪いイメージしか浮かびませんね。
ですが、君主(リーダー)つまり、上に立つ者は
きれい事だけでは、支配することはできない、
ということです。


常にそうだということではありませんが、
正攻法だけでは勝負に勝てません。


時には、邪道と思われても、奇襲作戦を採ること
も考えなくてはなりません。


これには2つの意味がある、と考えています。
1つ目は、相手を撹乱したり、だまし討ちをする
ためです。


もう1つは、味方に、いつも同じ作戦ではマンネリ化
するため、これを防ぐためです。




キーセンテンス

情勢分析を誤ってはならないし、対策の選択を誤ることも
許されないし、対策実施のときも誤ってはならないのだ。



いかにして確度の高い情報を多く集め、集めた情報を
的確に分析するかにかかっている、と言っても過言では
ありません。


「孫子の兵法」にも、同様なことが書かれていますね。


「彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」
(『謀攻篇』)







こちらのブログもご覧ください!
藤巻隆のアーカイブ



私の書棚(読み終わった本の一覧)

『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (07)





『マキアヴェッリ語録』 (07)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 側近に誰を選ぶかは、君主にとって軽々しく考えて

 よいことではまったくない。

 君主が思慮深いかそうでないかによって、優れた

 人材が登用されることになったり、無能な側近に

 囲まれることになったりするからである。


 側近が有能であり誠実であれば、それを選んだ

 君主は賢明な人と言うことができよう。

 なぜなら、人間というものを熟知しており、その人間

 の能力を活用することを知っているという証拠だから

 である。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.96)

         (019-1-0-000-496)
 



 


 人間の頭脳には3つの種類があることを、覚えておくべき

 であろう。

 第1の頭脳は、自力で理解できるもの。

 第2のそれは、他者が理解したことを鑑別できるたぐい

 のもの。

 第3は、自力でも理解できず、かといって他者が理解した

 ものへの鑑別能力もないもの。

 第1の頭脳が最も優れ、第2の頭脳がそれにつづき、

 第3の頭脳は、無能の能を脳に代えてもかまわないほど

 と言ってよいだろう。

 だが、第1の脳が最も少ないのが現実である以上、

 側近の選択の良否は、人の上に立つ者にとって重要

 このうえもないことになるのである。

  
                    ―― 『君主論』 ――

                               (PP.96-97)                                          
                             
          (020-1-0-000-497)
 






 結果さえよければ、手段は常に正当化されるのである。

 思慮に長[た]け力量の優れた人物ならば、手中にした

 権力も、それを活用した後に誰かに譲り渡すようなこと

 はしないにちがいない。

 なぜなら、人間というものは善よりは悪に染まりがちな

 もので、前任者が高い目的意識をもって使った権力も、

 後継者となると、私利私欲を満足させる手段に使って

 しまうことが多いからである。

 
 とはいえ、いかに一人の力量豊かな人物が全精力を

 投入したところで、その投入のたまものを以後も維持

 していくのは、その他多勢の人間の協力によるので

 ある。

 そして、この最後のことなしには、国家の存続は保証

 されえない。


                    ―― 『政略論』 ――

                              (PP.103-104)
                              
          (021-1-0-000-498)
 








ポイント

マキアヴェッリは人間観察に長けた、ひとかどの人物
であったことがよく理解できます。


側近、参謀と言い換えてもよいかもしれませんが、
側近に誰を選ぶか、はとても大切なことです。


よくありがちなことは、yes-man(yes-personと言うべき
でしょうか)を側近に選ぶことです。


君主(リーダー)の考えや指示を忠実に守り、遂行する
人物です。たとえ面従腹背(表向きは従っているが、
腹の中では背いている)であってもいいと割り切って、
君主が側近に選ぶことがあります。


タイトロープを渡っているような不安定きわまりない状況
を生み出します。いつ裏切られてもおかしくないのです。


側近に「ご意見番」を置くことができるかどうかが、
鍵を握ると思います。


「裸の王様」になってはいけません。


ですが、自分より優秀な人物を側近に置くことをよしと
しないリーダーが多いのは事実です。


自分の地位が危うくなると考えてしまうからです。
自信の無さの裏返しですね。


後継者選びも同じ文脈で捉えることができます。
自分がリーダーであった時、後継者よりも上であった
ことを示したいがために、自分より劣る人物を後継者
に指名するのです。


そのため、会社や組織が弱体化してしまうケースは、
少なくありません。






キーセンテンス

結果さえよければ、手段は常に正当化されるのである。

これはとても有名な言葉です。
マキアヴェッリの『君主論』の中で、最も有名な言葉です。


「目的は手段を正当化する」というセンテンスで語られる
ことが多いですね!


目的を果たすためにはどんな手段を使ってもよい、
と捉えられがちですが、そうではなくて、正しい結果が
得られるように、あらゆる手段を講じるべきである、
と考えました。


「全体最適を考えろ」「大局的見地に立て」と捉え直すと、
この言葉の真意が理解できるのではないか、と思います。







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私の書棚(読み終わった本の一覧)

『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (06)





『マキアヴェッリ語録』 (06)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主たる者は、才能ある人材を登用し、

 その功績に対しては、充分に報いることも

 知らねばならない。

 そして、国民に対しては、それぞれの分野で

 安心して働けるようはからい、彼らが、取得

 したものを取りあげられるのが嫌[いや]さに

 財産を増やすのを怖れたり、重税嫌さに取引

 を鎮静させることのないよう、注意を怠っては

 ならない。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.93)

         (016-1-0-000-493)
 



 


 人は、心中に巣食う嫉妬心[しっとしん]によって、

 賞[ほ]めるよりもけなすほうを好むものである。

 それゆえに、新しいやり方や秩序を主張したり

 導入したりするのは、それをしようとする者に

 とって、未知の海や陸の探検と同じくらいに危険

 をともなう「事業」となる。

  
                    ―― 『政略論』 ――

                               (P.94)                                          
                             
          (017-1-0-000-494)
 






 嫉妬心をおさえこむには、方策は2つある。

 第1は、それを行わなければ直面せざるを

 えない困難な事態を、人々に納得させる

 ことだ。誰しも難局を自覚すると、そこから

 脱出しようとして、自分一人の想いなど忘れ、

 脱出させてくれそうな人に進んで従うように

 なる。

 第2の方策は、強圧的にしろ他のいかなる

 方法にしろ、嫉妬心をもつ人々が擁立しそう

 な人物を、滅ぼしてしまうことである。

 モーゼもまた、彼の考えに反対した多くの人を、

 殺さざるをえなかったのだ。

 
 人々の嫉妬心が、善きことをしていれば自然に

 消えていくなどとは、願ってはならない。

 邪悪な心は、どれほど贈物をしようとも、変心して

 くれるものではないからだ。

 人々の心に芽生えがちな嫉妬心を克服できるか

 どうかは、大事業が成功するか失敗するかの、

 分かれ道でもある。


                    ―― 『政略論』 ――

                              (P.95)
                              
          (018-1-0-000-495)
 








ポイント

嫉妬心は、人間であれば誰でも一度はもつものです。
そして、この嫉妬心を克服するのは容易なことでは
ありません。


あなたも、他の人に嫉妬心を抱いた経験はお持ち
でしょう。もちろん、私も経験があります。


「あの人がいなければ、自分は浮かばれるのに・・・」

「なんで、いつもあの人ばかり高評価されるのか・・・」

「あいばかり、いつもモテるな! それに比べ、オレは
どうしてこうもモテないのか・・・」


笑い話のようですが、大なり小なりこのような経験は
あると思います。




キーセンテンス

「君主たる者は、才能ある人材を登用し、

その功績に対しては、充分に報いることも

知らねばならない」




これはとても難しいことです。
自分より才能のある人材を登用したら、
自分の立場が危うくなると考える君主(リーダー)が
多いからです。


マキアヴェッリはかなり過激な表現を使っていますが、
君主たる者(リーダー)は時には非情とも思われる
こともしなくては、一国(部署)を治めることはできない、
と言っているのです。


平時の君主(リーダー)と非常時の君主は、
自ずから異なることが分かります。


平時であれば、無茶な方策を行なう必要はありません。
ところが、非常時であれば、方策を躊躇している余裕
はありません。


強引でも、実行していかなければならないのです。
独裁者にもならなければいけない局面が、
必ずあると思います。


その方針に従えない人は馘首することも辞さいない、
強い気持ちを継続できるかが問われます。







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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (05)





『マキアヴェッリ語録』 (05)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主にとって、厳重のうえにも厳重に警戒しなければ

 ならないことは、軽蔑[けいべつ]されたり見くびられ

 たりすることである。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.88)

         (013-1-0-000-490)
 



 


 君主にとっての最大の悪徳は、憎しみを買うことと

 軽蔑されることである。

 それゆえに、もしもこの悪徳さえ避けることができれば、

 君主の任務は、相当な程度にまっとうできるであろうし、

 他に悪評が立とうと、なんら怖[おそ]れる必要はなく

 なる。


 古今東西、人間というものは、自分自身のもちものと

 名誉さえ奪われなければ、意外と不満なく生きてきた

 のである。

 一方、軽蔑は、君主の気が変わりやすく、軽薄で、

 女性的で、小心者で、決断力に欠ける場合に、

 国民の心中に芽生えてくる。

 
 自分の行うことが、偉大であり勇敢であり、

 真剣で確固とした意志にもとづいていると見えるよう、

 努めねばならないのだ。 

  
                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.89)               
                             
          (014-1-0-000-491)
 






 人の上に立つ者が尊敬を得るには、どのように行動

 したらよいかについての考察だが、なによりもまず

 第一に、大事業を行い、前任者とはちがう器である

 ということを、人々に示すことであるとわたしは言い

 たい。

 なぜなら、大事業を行えば、しかもそれが次々と

 為されれば、人々は呆気[あっけ]にとられて感嘆

 してしまい、他のことに心を使う暇も気も失ってしまう

 からである。

 第二は、敵に対する態度と味方に対する態度を、

 はっきりと分けて示すことである。人の上に立つ者が

 この種の明快さを示すとき、人々は彼を尊敬するように

 なる。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.91)
                              
          (015-1-0-000-492)
 








ポイント

時と場合によって、君主(リーダー)たる者は「はったり」を
かますことも必要である、ということです。


ただただ馬鹿正直に発言し、行動していては軽蔑される
だけだ、とマキアヴェッリは教えている、と解釈しました。


マキアヴェッリは直截的にビシッと言い放つため、
不快感よりもむしろ爽快感を与えてくれます。


曖昧な表現を極力避け、ストレートに話す態度は自信の
現れであり、一面、傲慢のように見えますが、その態度を
貫き通すことができれば、尊敬されるようになる、と言えます。




キーセンテンス

「自分の行うことが、偉大であり勇敢であり、

 真剣で確固とした意志にもとづいていると見えるよう、

 努めねばならないのだ。」




キーセンテンス

「敵に対する態度と味方に対する態度を、

 はっきりと分けて示すことである。人の上に立つ者が

 この種の明快さを示すとき、人々は彼を尊敬するように

 なる」



マキアヴェッリは人間の本質的な側面をえぐり出して、
白日の下に晒す類まれな人物だった、と想像できます。


戦略家であり、優秀な参謀であり、心理学者であり、
歴史学者であり、哲学者と言ってもよいくらいです。







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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (04)





『マキアヴェッリ語録』 (04)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主たる者、ケチという評判を怖れてはならない。

 なぜならこの“悪徳”は、自らの金庫を空っぽに

 することなく、かといって略奪者にもならず、

 それでいて統治をつづけていくための必要な

 “悪徳”だからである。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.84)

         (010-1-0-000-487)
 



 


 慈悲深い君主と酷薄な君主とでは、どちらが良い

 君主と言えるかという問題だが、思いやりにあふれ

 残酷なところなどまったくないという人物ほど、

 望ましい君主像はないというのは当り前である。

 だがこれも、下手に使うことがないよう注意する必要

 がある。

 (中略)

 君主たる者、酷薄だという悪評を立てられても気に

 する必要はない。歴史は、思いやりに満ちた人物

 よりも、酷薄と評判だった人々のほうが、どれほど

 民衆を団結させ、彼らの信頼を獲得し、秩序を確立

 したかを示してくれている。

  
                    ―― 『君主論』 ――

                            (PP.86-87)               
                             
          (011-1-0-000-488)
 






 君主にとっては、愛されるのと怖れられるのと

 どちらが望ましいであろうか。

 当然のことながら、ほとんどすべての君主は、

 両方ともを兼ねそなえているのが望ましい、

 と答えるにちがいない。しかし、それを現実の

 世界で行使していくのは実にむずかしい。


 それで、ほとんどの場合一方を選ぶしかないと

 なるのだが、わたしは、愛されるよりも怖れられる

 ほうが、君主にとって安全な選択であると言いたい。

 なぜなら、人間には、怖れている者よりも愛している

 者のほうを、容赦なく傷つけるという性向があるからだ。

 人間というものは、恩義の絆[きずな]で結ばれている

 愛情などは、利害がからむとなれば平然と断ち切って

 しまうものである。一方、恐怖でつながれている場合は、

 復讐[ふくしゅう]が怖ろしく、容易には断ち切れない

 ものなのだ。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.87)
                              

          (012-1-0-000-489)
 








マキアヴェッリは人間観察に優れた人だった、
と想像します。心理学にも長けていたのでしょう。


「ケチ」の話が出てきましたので、一つエピソードをご紹介
しましょう。


「真の金持ちはケチである」という話です。


元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞(なるけ・まこと)氏が、
著した、
『成毛眞の超訳・君主論』
(成毛眞 メディアファクトリー新書 2011年12月31日
 初版第1刷 発行)
の中に、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が来日した際、
東京のオフィスを表敬訪問し、語った言葉に成毛氏が「驚愕」
したエピソードが書かれています。




 金持ちはけち、というのは定説になっている。

 ビル・ゲイツがけちだというのは有名な話だが、

 もちろん、彼はそんなことを気にかける様子は

 まったくない。

 以前、ビル・ゲイツが来日して東京のオフィスに

 来たときに、開口一番、「オフィスの入り口の

 足拭きマットは必要か?」と言った。挨拶を交わし、

 互いに近況報告をし合うという雑談を抜かして、

 いきなり足拭きマットの話である。私はなんの

 ことかと、ポカンとしてしまった。

 (中略)

 彼は、エレベーターで7階まで上がってきたとき、

 1階にあった足拭きマットが受付にもあることに

 気づいたのである。敷いてあったのは、ごく普通

 のオフィスで使うレンタルのマットだった。

 「1階のマットで靴の泥は取れるんだから、

 このマットは必要ないじゃないか。いったいこの

 マットに経費はいくらかかっているんだ?」

 それで、総務部が急いで調べて、

 「月間3千円弱です」

 「すぐやめなさい」

 というやり取りがあり、即中止となった。

 (中略)

 企業の経営で利益を追求するには、ムダを省いて

 節約するのは基本中の基本だ。経営者にとっては、

 3千円だろうが3千万円だろうが同じことである。

 ビル・ゲイツに関してはその他にも、アメリカでは

 割引クーポンを持ってマクドナルドへ行っている、

 飛行機はエコノミークラスしか乗らないなど、

 いろいろな噂があった。

 

  (前掲書 P.62-63)



世界一の億万長者である、ビル・ゲイツ氏だからこそ、
「真のお金持ちはケチである」というエピソードが強く
印象に残ります。


事業に投資するためなら、莫大なお金を出すことを
いとわなくても、ムダは徹底して排除していることが
分かりますね。


日本では、少し金持ちになると、超高級外車を乗り
回したり、超一等地の億ションに住んでいることを
吹聴したり、ド派手な結婚式を催したりといった話題を
振り撒きます。


(少々、羨ましいですが・・・)


本当のお金持ちはこんなことにはお金をかけないの
ですね。リターンが得られる投資をするのでしょう。
「消費」「投資」「浪費」を明確に分けているのです。


私はとてもお金持ちになれそうにありません(苦笑)。


次の言葉は深いですね!

「歴史は、思いやりに満ちた人物よりも、

 酷薄と評判だった人々のほうが、どれほど

 民衆を団結させ、彼らの信頼を獲得し、

 秩序を確立したかを示してくれている」







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