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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (06)





『マキアヴェッリ語録』 (06)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主たる者は、才能ある人材を登用し、

 その功績に対しては、充分に報いることも

 知らねばならない。

 そして、国民に対しては、それぞれの分野で

 安心して働けるようはからい、彼らが、取得

 したものを取りあげられるのが嫌[いや]さに

 財産を増やすのを怖れたり、重税嫌さに取引

 を鎮静させることのないよう、注意を怠っては

 ならない。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.93)

         (016-1-0-000-493)
 



 


 人は、心中に巣食う嫉妬心[しっとしん]によって、

 賞[ほ]めるよりもけなすほうを好むものである。

 それゆえに、新しいやり方や秩序を主張したり

 導入したりするのは、それをしようとする者に

 とって、未知の海や陸の探検と同じくらいに危険

 をともなう「事業」となる。

  
                    ―― 『政略論』 ――

                               (P.94)                                          
                             
          (017-1-0-000-494)
 






 嫉妬心をおさえこむには、方策は2つある。

 第1は、それを行わなければ直面せざるを

 えない困難な事態を、人々に納得させる

 ことだ。誰しも難局を自覚すると、そこから

 脱出しようとして、自分一人の想いなど忘れ、

 脱出させてくれそうな人に進んで従うように

 なる。

 第2の方策は、強圧的にしろ他のいかなる

 方法にしろ、嫉妬心をもつ人々が擁立しそう

 な人物を、滅ぼしてしまうことである。

 モーゼもまた、彼の考えに反対した多くの人を、

 殺さざるをえなかったのだ。

 
 人々の嫉妬心が、善きことをしていれば自然に

 消えていくなどとは、願ってはならない。

 邪悪な心は、どれほど贈物をしようとも、変心して

 くれるものではないからだ。

 人々の心に芽生えがちな嫉妬心を克服できるか

 どうかは、大事業が成功するか失敗するかの、

 分かれ道でもある。


                    ―― 『政略論』 ――

                              (P.95)
                              
          (018-1-0-000-495)
 








ポイント

嫉妬心は、人間であれば誰でも一度はもつものです。
そして、この嫉妬心を克服するのは容易なことでは
ありません。


あなたも、他の人に嫉妬心を抱いた経験はお持ち
でしょう。もちろん、私も経験があります。


「あの人がいなければ、自分は浮かばれるのに・・・」

「なんで、いつもあの人ばかり高評価されるのか・・・」

「あいばかり、いつもモテるな! それに比べ、オレは
どうしてこうもモテないのか・・・」


笑い話のようですが、大なり小なりこのような経験は
あると思います。




キーセンテンス

「君主たる者は、才能ある人材を登用し、

その功績に対しては、充分に報いることも

知らねばならない」




これはとても難しいことです。
自分より才能のある人材を登用したら、
自分の立場が危うくなると考える君主(リーダー)が
多いからです。


マキアヴェッリはかなり過激な表現を使っていますが、
君主たる者(リーダー)は時には非情とも思われる
こともしなくては、一国(部署)を治めることはできない、
と言っているのです。


平時の君主(リーダー)と非常時の君主は、
自ずから異なることが分かります。


平時であれば、無茶な方策を行なう必要はありません。
ところが、非常時であれば、方策を躊躇している余裕
はありません。


強引でも、実行していかなければならないのです。
独裁者にもならなければいけない局面が、
必ずあると思います。


その方針に従えない人は馘首することも辞さいない、
強い気持ちを継続できるかが問われます。







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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (05)





『マキアヴェッリ語録』 (05)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主にとって、厳重のうえにも厳重に警戒しなければ

 ならないことは、軽蔑[けいべつ]されたり見くびられ

 たりすることである。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.88)

         (013-1-0-000-490)
 



 


 君主にとっての最大の悪徳は、憎しみを買うことと

 軽蔑されることである。

 それゆえに、もしもこの悪徳さえ避けることができれば、

 君主の任務は、相当な程度にまっとうできるであろうし、

 他に悪評が立とうと、なんら怖[おそ]れる必要はなく

 なる。


 古今東西、人間というものは、自分自身のもちものと

 名誉さえ奪われなければ、意外と不満なく生きてきた

 のである。

 一方、軽蔑は、君主の気が変わりやすく、軽薄で、

 女性的で、小心者で、決断力に欠ける場合に、

 国民の心中に芽生えてくる。

 
 自分の行うことが、偉大であり勇敢であり、

 真剣で確固とした意志にもとづいていると見えるよう、

 努めねばならないのだ。 

  
                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.89)               
                             
          (014-1-0-000-491)
 






 人の上に立つ者が尊敬を得るには、どのように行動

 したらよいかについての考察だが、なによりもまず

 第一に、大事業を行い、前任者とはちがう器である

 ということを、人々に示すことであるとわたしは言い

 たい。

 なぜなら、大事業を行えば、しかもそれが次々と

 為されれば、人々は呆気[あっけ]にとられて感嘆

 してしまい、他のことに心を使う暇も気も失ってしまう

 からである。

 第二は、敵に対する態度と味方に対する態度を、

 はっきりと分けて示すことである。人の上に立つ者が

 この種の明快さを示すとき、人々は彼を尊敬するように

 なる。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.91)
                              
          (015-1-0-000-492)
 








ポイント

時と場合によって、君主(リーダー)たる者は「はったり」を
かますことも必要である、ということです。


ただただ馬鹿正直に発言し、行動していては軽蔑される
だけだ、とマキアヴェッリは教えている、と解釈しました。


マキアヴェッリは直截的にビシッと言い放つため、
不快感よりもむしろ爽快感を与えてくれます。


曖昧な表現を極力避け、ストレートに話す態度は自信の
現れであり、一面、傲慢のように見えますが、その態度を
貫き通すことができれば、尊敬されるようになる、と言えます。




キーセンテンス

「自分の行うことが、偉大であり勇敢であり、

 真剣で確固とした意志にもとづいていると見えるよう、

 努めねばならないのだ。」




キーセンテンス

「敵に対する態度と味方に対する態度を、

 はっきりと分けて示すことである。人の上に立つ者が

 この種の明快さを示すとき、人々は彼を尊敬するように

 なる」



マキアヴェッリは人間の本質的な側面をえぐり出して、
白日の下に晒す類まれな人物だった、と想像できます。


戦略家であり、優秀な参謀であり、心理学者であり、
歴史学者であり、哲学者と言ってもよいくらいです。







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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (04)





『マキアヴェッリ語録』 (04)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)




マキアヴェッリの名言をご覧ください。


第1部 君主編



 君主たる者、ケチという評判を怖れてはならない。

 なぜならこの“悪徳”は、自らの金庫を空っぽに

 することなく、かといって略奪者にもならず、

 それでいて統治をつづけていくための必要な

 “悪徳”だからである。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.84)

         (010-1-0-000-487)
 



 


 慈悲深い君主と酷薄な君主とでは、どちらが良い

 君主と言えるかという問題だが、思いやりにあふれ

 残酷なところなどまったくないという人物ほど、

 望ましい君主像はないというのは当り前である。

 だがこれも、下手に使うことがないよう注意する必要

 がある。

 (中略)

 君主たる者、酷薄だという悪評を立てられても気に

 する必要はない。歴史は、思いやりに満ちた人物

 よりも、酷薄と評判だった人々のほうが、どれほど

 民衆を団結させ、彼らの信頼を獲得し、秩序を確立

 したかを示してくれている。

  
                    ―― 『君主論』 ――

                            (PP.86-87)               
                             
          (011-1-0-000-488)
 






 君主にとっては、愛されるのと怖れられるのと

 どちらが望ましいであろうか。

 当然のことながら、ほとんどすべての君主は、

 両方ともを兼ねそなえているのが望ましい、

 と答えるにちがいない。しかし、それを現実の

 世界で行使していくのは実にむずかしい。


 それで、ほとんどの場合一方を選ぶしかないと

 なるのだが、わたしは、愛されるよりも怖れられる

 ほうが、君主にとって安全な選択であると言いたい。

 なぜなら、人間には、怖れている者よりも愛している

 者のほうを、容赦なく傷つけるという性向があるからだ。

 人間というものは、恩義の絆[きずな]で結ばれている

 愛情などは、利害がからむとなれば平然と断ち切って

 しまうものである。一方、恐怖でつながれている場合は、

 復讐[ふくしゅう]が怖ろしく、容易には断ち切れない

 ものなのだ。


                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.87)
                              

          (012-1-0-000-489)
 








マキアヴェッリは人間観察に優れた人だった、
と想像します。心理学にも長けていたのでしょう。


「ケチ」の話が出てきましたので、一つエピソードをご紹介
しましょう。


「真の金持ちはケチである」という話です。


元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞(なるけ・まこと)氏が、
著した、
『成毛眞の超訳・君主論』
(成毛眞 メディアファクトリー新書 2011年12月31日
 初版第1刷 発行)
の中に、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が来日した際、
東京のオフィスを表敬訪問し、語った言葉に成毛氏が「驚愕」
したエピソードが書かれています。




 金持ちはけち、というのは定説になっている。

 ビル・ゲイツがけちだというのは有名な話だが、

 もちろん、彼はそんなことを気にかける様子は

 まったくない。

 以前、ビル・ゲイツが来日して東京のオフィスに

 来たときに、開口一番、「オフィスの入り口の

 足拭きマットは必要か?」と言った。挨拶を交わし、

 互いに近況報告をし合うという雑談を抜かして、

 いきなり足拭きマットの話である。私はなんの

 ことかと、ポカンとしてしまった。

 (中略)

 彼は、エレベーターで7階まで上がってきたとき、

 1階にあった足拭きマットが受付にもあることに

 気づいたのである。敷いてあったのは、ごく普通

 のオフィスで使うレンタルのマットだった。

 「1階のマットで靴の泥は取れるんだから、

 このマットは必要ないじゃないか。いったいこの

 マットに経費はいくらかかっているんだ?」

 それで、総務部が急いで調べて、

 「月間3千円弱です」

 「すぐやめなさい」

 というやり取りがあり、即中止となった。

 (中略)

 企業の経営で利益を追求するには、ムダを省いて

 節約するのは基本中の基本だ。経営者にとっては、

 3千円だろうが3千万円だろうが同じことである。

 ビル・ゲイツに関してはその他にも、アメリカでは

 割引クーポンを持ってマクドナルドへ行っている、

 飛行機はエコノミークラスしか乗らないなど、

 いろいろな噂があった。

 

  (前掲書 P.62-63)



世界一の億万長者である、ビル・ゲイツ氏だからこそ、
「真のお金持ちはケチである」というエピソードが強く
印象に残ります。


事業に投資するためなら、莫大なお金を出すことを
いとわなくても、ムダは徹底して排除していることが
分かりますね。


日本では、少し金持ちになると、超高級外車を乗り
回したり、超一等地の億ションに住んでいることを
吹聴したり、ド派手な結婚式を催したりといった話題を
振り撒きます。


(少々、羨ましいですが・・・)


本当のお金持ちはこんなことにはお金をかけないの
ですね。リターンが得られる投資をするのでしょう。
「消費」「投資」「浪費」を明確に分けているのです。


私はとてもお金持ちになれそうにありません(苦笑)。


次の言葉は深いですね!

「歴史は、思いやりに満ちた人物よりも、

 酷薄と評判だった人々のほうが、どれほど

 民衆を団結させ、彼らの信頼を獲得し、

 秩序を確立したかを示してくれている」







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『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 (03)





『マキアヴェッリ語録』 (03)





『マキアヴェッリ語録』 塩野七生 新潮文庫
平成4年11月25日 発行


目次
第1部 君主編
第2部 国家編
第3部 人間編






マキアヴェッリ(日本ではマキャベリと表現されることが多い)
は『君主論』の著者として知られ、「マキャベリズム」が
人口に膾炙しています。


その思想を端的に表現する言葉は、
「目的は手段を正当化する」
です。


目的のためならどんな手段を講じてもかまわない、と解する
ことが多いですね。


実は、私もこの書を読むまではそのように解釈していました。
言葉を文脈の中で解釈せず、言葉が独り歩きすることの怖さは、
風説の流布でも経験することです。


福島第一原発事故以後、周辺にお住まいの方々は風説の流布
に悩まされ続けています。拡散した誤情報はさらに誤情報を加え、
拡大していきます。容易に訂正されることはありません。



話しを戻しますと、マキアヴェッリの実像はどのようなもので
あったのか、そして「目的は手段を正当化する」と言っている
ことの真意は何だったのか、を知りたいと思いました。


先入観を取り払い、大前研一さんが言う、「オールクリア
(電卓のAC)」にしてマキアヴェッリの説くことに耳を傾ける
ことにしました。


マキアヴェッリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで
生まれ、1527年6月21日に没しています。15世紀から16世紀
にかけて活躍した思想家です。500年位前の人です。


ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画

ニッコロ・マキャヴェッリの肖像画 Wikipedia から
 


塩野七生(しおの・ななみ)さんは、「まえがき」に代えて
「読者に」で次のように記しています。塩野さんが解説
ではなく、また要約でもなく、「抜粋」にした理由を説明
しています。


尚、10ページ以上にわたる説明からポイントとなる言葉を
「抜粋」しました。




 この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の

 要約ではありません。抜粋です。

 なぜ、私が、完訳ではなく、かといって要約でもなく、

 ましてや解説でもない、抜粋という手段を選んだのかを

 御説明したいと思います。

 第一の理由は、次のことです。

 彼が、作品を遺したということです。


 マキアヴェッリにとって、書くということは、生の証[あか]し、

 であったのです。


 マキアヴェッリは、単なる素材ではない。作品を遺した

 思想家です。つまり、彼にとっての「生の証し」は、今日

 まで残り、しかもただ残っただけではなく、古典という、

 現代でも価値をもちつづけているとされる作品の作者でも

 あるのです。生涯を追うだけで済まされては、当の彼自身

 からして、釈然としないにちがいありません。


 抜粋という方法を選んだのには、「紆曲」どころではない

 マキアヴェッリの文体が与えてくれる快感も、味わって

 ほしいという私の願いもあるのです。そして、エッセンスの

 抜粋ならば、「証例冗漫」とだけは、絶対に言われない

 でしょう。


 しかし、彼の「生の声」をお聴かせすることに成功した

 としても、それだけでは、私の目的は完全に達成された

 とはいえないのです。マキアヴェッリ自身、実際に役に立つ

 ものを書くのが自分の目的だ、と言っています。 

 

  (前掲書 「読者に」から PP.3-5、14)





お待たせしました。マキアヴェッリの名言をご紹介します。


第1部 君主編



 古代のローマ人は、紛争に対処するに当たって、

 賢明な君主ならば誰もが行うことをしたのであった。

 つまり彼らは、眼前の紛争にのみ役立つ対策を

 講じたのではない。将来起こりうるものにも、

 対策を忘れなかったのだ。ローマ人は、あらゆる

 努力を払って、それらがまだ芽でしかないうちに、

 つみ取ってしまうことを忘れなかったのである。

 将来起こりうる紛争も、芽のうちにつみ取っていれば、

 対策も容易になる。医療も、効果を発揮させるには

 「間に合う」ことが必要であるからだ。



                    ―― 『君主論』 ――

                              (P.75)

         (007-1-0-000-484)
 



 


 頭にしかと入れておかねばならないのは、

 新しい秩序を打ち立てるということくらい、

 むずかしい事業はないということである。

 このうえなく実行が困難で、実行したとて成功は

 おぼつかなく、実現での過程では細心の注意

 を必要とすることなのだ。

 なぜなら実行者は、現体制下で甘い汁を吸って

 いた人々すべてを敵にまわすだけでなく、

 新体制になればトクをするであろう人々からも、

 生ぬるい支持しか期待できないものだからである。

 この生ぬるさは、2つの原因から生れる。

 第1は、現体制を謳歌[おうか]している人々に

 対する恐怖感であり、第2は、異例の新しきこと

 への不信感によるものだ。


  
                    ―― 『君主論』 ――

                            (PP.76-77)               
                             
          (008-1-0-000-485)
 






 新しく国を興した者は、次のことを守らねばならない。

 敵から身を守る方策を立てること。

 味方を獲得し、味方網とも呼んでもよいものを確立

 すること。

 策略によってであろうが力によってであろうが、

 まずなによりも勝利を収めること。

 民衆から、愛されるとともに怖[おそ]れられる

 存在になること。

 部下からは、服従され、敬意を払われるように

 すること。

 反旗をひるがえす怖れのありそうな者は、前もって

 押さえこんでおくこと。

 旧体制を、新しい方法で改革すること。

 厳格であるとともに丁重であり、寛大で鷹揚[おうよう]

 に振舞うこと。

 忠実でない軍隊を廃し、新しい運隊を創設すること。

 他国の指導者たちとの間に、友好関係を確立すること。

 これは、彼らの敬意を獲得することによる利益のほかに、

 彼らが侵略しようにも慎重にならざるをえないように

 仕向けるためでもある。



                    ―― 『君主論』 ――

                           (PP.78-79)
                              

          (009-1-0-000-486)
 








マキアヴェッリがいう「君主」はリーダー(指導者)のこと
ですから、上は大統領や首相から、下は企業や組織に
おける責任者に読み替えて考えて良いと思います。


より身近な存在としてのリーダーの心得、あるいは自覚
すべきことを考えていくべきです。


その点で、マキアヴェッリは実に率直に、歯に衣着せぬ
言い回しで語っています。


平時におけるリーダーではなく、激動の時代における
リーダーがすべきこと、部下にさせることを、時には非情
をもって、時にはオブラートに包んでアドバイスしています。


そうした点から、マキアヴェッリの考え方を「権謀術数」と
表現することがあるのだ、と思います。


ただはっきりしていることは、上に立つものは綺麗ごとだけ
では組織を率いていくことはできないという事実です。


組織に、柔軟性と強固さという一見すると、相反する性質を
持たせるためには欠かせないことです。


私が長年勤務した会社を今、振り返ってみると、経営者層
におもねる人たちがいて、その人たちを経営者層はうまく
利用し、引き立てるという人事が行われました。


このような実態は、どの組織にも見られることだと思われ
ます。 ですが、そうした組織のほとんどは内部崩壊する
ことでしょう。


イエスマンしかいなくなれば、トップは「裸の王様」にならざる
を得ません。 自分を客観視できなくなるのです。









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